名古屋高等裁判所 昭和28年(う)299号 判決 1953年6月24日
控訴人 被告人 金子光治
弁護人 堀部進
検察官 神野嘉直
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役壱年式月に処する。
但し本裁判確定の日より参年間右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用(国選弁護人堀部進支給分)は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人堀部進の提出した控訴趣意書と題する書面に記載してある通りであるから之を引用する。
原判決の挙示せる各証拠を綜合すれば被告人が原判示の業務に従事中その業務上保管にかかる集金を擅に原判示の日時回数に亘り費消横領した金額は原判示の摘示せる最初の費消金五千円を除き合計金五十五万四千九百九十四円二十銭であること算数上明白であるに拘らず原判示が合計金九十二万三千四百三十八円であると認定し約四十万円弱の誤差に心づかなかつたのは重大なる事実誤認の過失を犯したものであつて右事実の誤認は延いて判決に影響を及ぼすことが明らかであるからこの点に関する論旨は理由あり、原判決は到底破棄を免れない。
よつて他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決を破棄し且つ原審において取調べた証拠により直ちに判決をすることができるものと認め同法第四百条但書により更に本被告事件につき次の通り判決する。
当裁判所の認定した罪となるべき事実及之を認定した証拠は原判決末尾添付の犯罪事実明細表中横領金額欄末尾合計金額九十二万三千四百三十八円とあるを五十五万四千九百九十四円二十銭と又備考欄末尾入金合計金額四万三千四百三十八円二十銭とあるを四十一万千八百八十二円と各訂正したほか原判決の摘示せるところと同一であるから茲に之を引用する。
法律に照すと被告人の本件各所為はそれぞれ刑法第二百五十三条に該当するところ、自首にかかるを以て同法第四十二条第六十八条第三号に則りそれぞれ法定の減軽をなし、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条に従い犯情の重い原判決添付犯罪事実明細表中訴因番号3の罪につき定めた刑に併合罪の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役一年二月に処すべく、なほ本件記録を精査し、原審において取調べた総ての証拠を綜合して認め得る本件犯行の動機、態様、費消の内容、家庭の状況、被告人に前科なき事実、悔悟の余り自首をするに至つた事実及び被害者との間には既に弁償契約が成立し家計の苦しさのなかから飽くまで弁償の履行を誓約しているのみならず被害者においても被告人の処罰を強いて求めず寧ろ進んで被告人の将来を憂慮し只管その更正を念願し期待している等諸般の情状を彼此考慮するにおいては、この際被告人に対し実刑を以て臨むよりは寧ろ相当期間刑の執行を猶予して法の恩情を示すと共に被告人の蘇え来たつた良心に期待し被害者に対する誓約を事なく果さしめると同時にその改過遷善の実を挙げるを以て最も妥当と認め同法第二十五条に則り本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予すべく、原審における訴訟費用(国選弁護人堀部進支給分)は刑事訴訟法第百八十一条第一項により被告人をして之を負担させることとする。
仍て主文の通り判決する。
(裁判長判事 羽田秀雄 判事 鷲見勇平 判事 小林登一)
弁護人堀部進の控訴趣意
原判決は次の諸点に違法がある。
(イ) 原判決には事実の誤認がある。本件の横領の被害額は起訴状によれば合計四十八回に亘り金九十二万三千四百三十八円に昭和二十五年六月一日黒田工業株式会社の五千円を加算した額が所謂被害額となつており原判決も同様に判決した。然し原審においては弁護人は金六十三万三千九百五十四円六十銭と認定さるべきであると意見を陳述したがこれも弁護人の誤りであり被害額は合計五十五万九千九百九十四円二十銭と認定すべきである。原判決が証拠に掲げた分は次の通りである。(一)横井淳二の証言及び警察竝に検察官の各供述調書に加えて上申書、(二)被告人の各供述調書が主なる証拠である。右の各証拠を検討する迄もなく原判決の被害額を合計しても九十二万八千四百三十八円の額は算出されないのである。然し今各証拠を検討して見ると、横井淳二の証言(二〇三丁)は金六十三万三千九百五十四円六十銭、同人の上申書(一八丁)も同額、同人の警察の供述(三五丁)も同額、同人の検事の供述(三八丁)は上申書を援用している。而して同人は原法廷の証言(二〇四丁)では上申書が正しい旨を証言している。被告人の警察の供述(一七七丁)は金六十三万二千余円であり検事に対しても金六十三万余円と供述している。然らば本件は合計六十三万三千九百五十四円六十銭と認定さるべきとの結論が一応出るのである。然し決定的に正しいと評価さるべき横井淳二の上申書と起訴状を比較対照して見るとその間に次の相違が発見せられるのである。即ち原判決は合計四十九回の横領の事実を認定しているが上申書によればその外に四回の事実を掲げているのである。即ち、昭和二十七年三月五日金四千七百八十円、同年三月十日金三千六百円、同年三月三十一日金二万三千円、自昭和二十五年六月至同二十六年十二月金四万二千五百八十円四十銭、合計金七万三千九百六十四円四十銭の被害額を出しているので全部を合計すると金六十三万三千九百五十四円六十銭となる訳であるが起訴の対照としては右金七万三千九百六十円四十銭は除外せられているので結局原判決は金五十五万九千九百九十四円二十銭と認定すべきであつたにも不拘金九十二万余円と認定したことは正しく事実の誤認でありその誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に該当するものと信ずる次第である。
(ロ)仮に右の誤認が単なる誤記(誤算)と一蹴せらるべきものとしても元来連続犯が廃止せられた当時の法律思想は悉くが併合罪であると判決せられたものであるが法律思想の進化に伴い被告人の犯意を尊重して見れば犯罪の認定には個数が複数であれば併合罪であるとの認定は排斥せらるべきで包括して認定さるべきが相当である。本件に於ても継続して敢行したと見らるべき番号4、5或は6、7の如きは正しく包括して一罪と認定さるべきが至当である。昭和二十七年六月十九日東京高等裁判所第九刑事部の判決によれば「業務上横領の所為は被害法益が単一でありそれが単一若しくは継続した意思の発動に基いて敢行された場合にはたとえ行為が数個であつてもこれを包括して観察し一罪と認めるのを相当とする。」右の判決要旨は本件に於てもそのまま適用さるべき部分が相当あるので結局審理不尽として破棄さるべきである。
(ハ)原判決は被告人に対し懲役一年二月を科しているが次の諸点を綜合して見て今一度量刑について再検討を賜わりたい。
a、被告人には前科がない。b、本件犯行の動機は会社の利益を計るために客に対して接待したに始つたもので決して無自覚によるものではない。c、被害者は被告人に対し更生の機会を与えるよう希望し将来長期に亘り弁償の話が成立している。